ランニングと海が

海まで走って一休み。帰り道は歩いてしまい家に帰ってビールを飲んで、しばし反省。そして、また同じことを繰り返す。50代gayの身辺雑記。

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コンピュータやスマートフォンの操作は基本的に苦手である。
職場で一人一人にPC が割り当てられたのは、20年ほど前だったろうか。今となっては、笑い話にもならないが、操作方法の研修会が開かれ「老若男女」が恐る恐る椅子に座って、人差し指だけを使ってキーボードに向かったものだ。
「インターネットで『検索』をしてみましょう」というインストラクターの呼び掛けに興味津々で反応する人が多かったが、尻込みする人も少なからずいた。私は、「余り必要性を感じないので、熱が入らない」という、いかにも私らしい態度だったと思う。
それから、あれよあれよという間に普及・浸透して、今ではPC なしでは仕事がすすめられない状況になった。必要最小限の操作を覚えると、あとは親しい同僚に「おんぶに抱っこ」で今日に至る。「見栄えの良い書類とか、効果的なプレゼンテーションのスライドなどというものは、私の辞書にはない」と嘯いて来たが、謙遜ではないところが我ながらおかしい。f:id:nobuon109:20170712234406j:plain

先日買った一体型のPC 。買ったお店の店長さんが非常に親切で、「ゆっくりご検討ください。写真も撮影して、他店の商品と比べた上でお決めなさいませ。」と言ってくれた。その時の写真。

6月の総括(280)

7月も、はや半ばになろうとしている。サブタイトルの数字は、走った距離である。梅雨時としては、まずまずと言って良いだろう。

日数にすると19日。帰宅時に8~10キロ走るのと休日に20キロ以上を走るのでは、全く意味が違う。帰宅ランは、仕事を上手く切り上げてスタートさえすれば、文字通り帰るだけだから、良い気分で走れる。渋滞することもあるバスよりも所要時間が短くて済むのも嬉しい。

それに比べて、休日は練習という趣旨が強い。朝食前に走ると、充実した一日という感じで、あれこれやりたくなる。料理や買い物など「主夫」そのもの。メニューを考えて、材料を揃えるべくスーパーに出掛ける。
午後、あえて晴天の下で走る時には前にも書いた通り、海で遊びたい気持ちに勝てるかどうかが試される。新しい水着も買ったことだし、走る時は走る、泳ぐ時は泳ぐとメリハリをつけて。海辺の新しい「出会い」まで願うのは欲張りというものだろう。
今年の6月は、なかなかよかった。もうすぐ梅雨明け、7月は楽しい計画も待っている。

久し振りに購入した水着

f:id:nobuon109:20170706171057j:plainあれこれネットで探して、スポーツメーカーのものではないこれに決めた。
台風の後、海岸を走る時に穿いてみたらなかなか快適だった。風も強かったし、夕方だったので海には入らなかった。次はプール。

神宮プールのことを先日書いたばかりだが、あの頃あんなに多くの人が競パンを穿いていたのがウソのように、廃れてしまった。それとも、自分達が好んでいただけで、一般的にはそもそも流行っていなかったのだろうか。アシックスの、もの凄く薄い(透ける)生地の製品があった。欲しいと思っていたが、学生の頃は高価で手が出なかった。ネットで見ると、今でも販売されている。
このブログを読んで下さった方で、愛用者がいらっしゃったら、着用感などコメントを頂けたら幸いである。「効能」とか😁

各地に仲間の集まるプールがあるようだ。その一つに今月末行けるのが、楽しみである。

世田谷線

学生時代に三年間暮らした街は、東急の世田谷線沿線にあった。
三軒茶屋と下高井戸を結び、途中で小田急線にも乗り換えられるので、案外便利な路線である。最近でこそ、鉄道の良さが認識されるようになり、各地の「マイナー」な私鉄がクローズアップされることも多くなったが、昭和50年代の学生にはほとんど見向きもされないというか、「車に乗ること」「良い車を所有すること」が「ステータス」で「モテる」ための必須条件だとされていた。

そういう風潮に乗ることのなかった(必要もなかった)私は、当時は世田谷線の定期券をフルに活用していた。ちなみに均一料金制で、当時は100円で乗ることができた。どの駅も大げさな建物はなくて、かわいらしい改札口だけがあった。住宅街を縫うように、家々の軒先をかすめて、ゆっくり走っていた印象がある。

昨年だったか、テレビで世田谷線江ノ電を紹介する企画があった。緑色の丸っこいデザインだった車体が一新され、見違えた。この夏、所用で上京する機会が二度ある。時間を取って、世田谷線に乗りに行こうと思っている。

神宮プールの思い出

中央線(総武線)の車内から、雛壇状に観客席が見えていた。そう、本来は水泳競技を応援するためのスペースが、相互にアピールする「舞台」と化していたのである。

仲間の集まる場所だと知ったのは、学生生活も折り返した後だった気がする。「ひと夏」ならぬ二夏の経験とばかりに、通った。

幅広い年齢層、それぞれ「趣向」を凝らした出で立ち、一人・カップル・グループ。まさにカオス。あるいは巣窟。視線が合い、どちらからともなく言葉を交わす。
それ以上の進展はないのがほとんどだったが、たまには食事をしたりすることもあった。名乗り合うこともないままの「出会いと別れ」だと、予防線を張っていた。私だけの悲しい習慣だったのかもしれない。
当時は携帯電話などというものは影も形もなかった。ポータブルの電話や自動車電話が、開発中だというニュースに接して、「どれ程のニーズがあるのだろう。」と採算性を心配したのは、私だけだったのだろうか。今となっては、自分の「見る目のなさ」に笑うしかない。

行きずりの、儚い邂逅。
もしあの頃、携帯電話やスマートフォンが普及していたら私の青春も、まったく違うものになっていただろう。「謳歌」していたかもしれないし、「泥沼」でもがいていたかもしれない。いずれにしても、現実にはあれしかなかった。

30年以上の歳月を経て、私はここにいる。神宮プールは、その痕跡すらない。

憧れのシチュエーション(ひと夏の経験)

海岸で理想のタイプと知り合って・・というシチュエーションが憧れだと前の記事に書いたばかりだが、続きを。

「仲間の集まる」海岸は、あちこちにあるようだ。学生時代を関東で送ったので、神奈川や千葉の海岸には出掛けたことがある。時間は有り余るほどあっても、交通費に不自由していた私は、せいぜいひと夏に一度か二度、意を決して遠征したわけだ。

誘ってもらうのが嬉しいから、自分からは何もしないと思っているのだが、客観的に見て、そんなことができるはずはない。さぞかしもの欲しげで、見苦しかったことだろう。
そんな様子だから、今思い出しても「良い思い出」はほとんどない。まだプールの方が目の保養にもなった。千駄ヶ谷の神宮プールが懐かしい。

サブタイトルにした「ひと夏の経験」は、山口百恵の曲で、彼女をスターにしたものだ。
今年は思い出に残るような、そして今後につながるような「ひと夏の経験」をしてみたいものである。

カミングアウト(憧れのシチュエーション)

f:id:nobuon109:20170706171327j:plainブログ上ではあるが、自分のことを公開した。ずっと放置していたmixi の「日記」をこちらに切り替えることで、多くの人の目に触れるようにしてみたところでもある。

誰しもそうだと思うが、私の中には野放図だったり常識に囚われない部分がある一方で、非常に「生真面目な」部分もあって、その時その時でどちらが発揮されるかは、自分でもわからない。

50代の半ばになった今も、無性に「人恋しい」 否、「人肌が恋しい」時がある。そしてその時に求めているのは、同性である。
一番好きな季節である夏が近づいている。海辺で、好みのタイプの人と知り合って、食事や酒を一緒に楽しめる関係になり、「機が熟した」時にどちらからともなく、深い仲になる・・・というのは昔から憧れているシチュエーションだが、こうして文字にすると、実に馬鹿馬鹿しいし、何より恥ずかしい。