ランニングと海が

海まで走って一休み。帰りも走るつもりが、気が変わってのんびり歩く。そんな日々も気づけば二十数年。50代も半ばを過ぎたgayの身辺雑記。

改めて、ランニングの効用

前回、なんとなく調子が悪いことや仕事でつまらないミスをしていることを書きながら、思うように走れていないことも影響しているのではないかと考えた。

「貴重」な曇りとなった一昨日、いつものコースを走りつつ「不調の原因」を整理してみた。イレギュラーな業務と、それに伴う勤務時間・休日の変更が発端だというのは前に書いた通りで、こうして再確認してみるまでもなく、「些細な」ことである。
そして、この程度のことで「きっちり」というか「洩れなく」調子を崩すほど、「繊細」なのが自分という人間なのだと思い至って、苦笑した。
諦めとも、開き直りとも違うこの感じ。良し悪しではなく、「本来の自分」をそのまま認めることと言えば、ちょっときれいごとに過ぎるかもしれない。

仕事以外の時間を何に使っているか、そこにその人らしさが現れる。私の場合は、走ることと文章を読むことに、80%ぐらいをあてている。今回のちょっとした不調で、改めてランニングの効用を実感した。「走る時には何も考えない」という人もいるようだが、私はあれこれ考えていることがほとんどだ。その時々の自分の状態をつかんで、必要なら何か調整したり、じっくり待ったり、誰かに話してみたり。走る時間が、私にいろいろなヒントをくれる。健康な身体と、好きなように時間を使わせてくれる家族に、改めて感謝である。f:id:nobuon109:20171019200927j:plain

通勤路に、秋の気配が濃くなって来た。銀杏並木を走って帰ろう。