ランニングと海が

海まで走って一休み。帰りも走るつもりが、気が変わってのんびり歩く。そんな日々も気づけば二十数年。50代も半ばを過ぎ、仕事や家庭生活にどういう幕引きをするか、試行錯誤中の既婚gayの身辺雑記。

6月の総括(23)

今日で6月が終わり、区切り方によっては、明日からもう「下半期」ということになる。前代未聞の半年間だったのは、読んで下さる皆さんにとっても同じではないだろうか

三分の一ずつ交代で在宅勤務をしていた、4月から5月の途中まで、申し訳ないくらい「充実」した時間を過ごせた。短歌や英語に取り組んだのは、大きな収穫だったと言える。

その反動とは思いたくないが、6月は通常の勤務スタイルに戻って、通常よりも時間的に制約の大きい中で、例年通りの業務量を片付けて行かねばならず、「今までとは違うやり方や手順」が必要だった。「試行錯誤」する余裕がないので、毎日が一発勝負という感じで、集中力が大事だと、それだけを意識していた。

終わってみると、なんとか大過なく過ごせたし、同僚との連携も上手くいったので、5段階の4くらいの評価は出来るのではないか。

道楽のランニングは、ぐっとセーブした。足の指に痛みがあったので、念のため受診したら加齢のために、土踏まずのアーチが緩んでいるとのことでトレーニング方法を教えてもらった。少し前まで、フィットしていたランニングシューズが合わなくなるという事実が、老化を厳然と示している。落ち込んだり、それに抗ったりすることはもうない。どちらも、意味がないから。

代わりに、腕立て伏せは継続している。

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梅雨の最中に、何日か天気の良い日があった。胸筋が少しだけ付いたような気がする…。

あと半月あまりで、梅雨明け。本格的な夏の到来である。ランニングも徐々に再開して、海岸まで走ってから少し泳いで一休みという、「夏のルーティン」を今年もやるつもりである。

5月の総括(272)

ほぼ「日常」が戻って来た。そんな6月も明日は10日。少し遅くなってしまったが、恒例の5月の総括。

職場では、変更に次ぐ変更で戸惑うことも多かったが、昨年度末の人事異動で新しく来た若い人たちが皆それぞれにしっかりしていて、個性を発揮しながらも組織的に動くということが当たり前に出来ていることに、感謝せずにはいられない、そんなひと月だった。

あまり具体的には書けないが、一つ質問に答えると次の次くらいまで推測して自分でやってみる感じ。質問も的を射ているというか、もうそこまで行き着いたの?と驚くことも多かった。

ここ数年ほとんど異動がなかったことによる、いろいろな部分での「淀み」が、一気に解消されたと喜んでばかりはいられない。同じメンバーであってもお互いに言うべきことは言って、問題点や課題を解決・改善しようとしなければ、停滞するのは必然である。うちの職場の昨年度がまさにそうだった。

今年の新メンバーに感謝するだけでなく、何も出来ないままだった自分(愚痴を言って慰め合っていた仲の良い同僚も含め)を反省して、今年度を大切に過ごしたいと思う。

珍しく、真面目な内容になってしまったが、道楽のランニングは引き続き良い感じで、月間走行距離も272キロと上々。例年なら8月の終わりに北海道マラソンを走るところだが、今年・来年とオリンピックの影響で大会そのものが実施されない。秋以降の大会も軒並み中止が決まって、まだ何の計画も立てていない。思い切って、全く新しい「何か」を始めるきっかけにせよという「天の声」なのかもしれない。夏の休みは10日ほど取れそうなので、何かやってみたい。

そのうちに…と先送りにしていたことの一つに、「お会いしたいと思いながら、ずっとご無沙汰している方に、連絡を取ってお訪ねする」というのがある。先日、葉書を出してみたところすぐにお電話を下さった。「いつでもどうぞ、おいで下さい。」とのお言葉を素直に受け取って、お訪ねすることにしよう。この夏の計画がこれで一つ。あとは、東京にも行きたいし、関西にもその帰りに寄りたい。
この記事を書きながら、夏の計画がほぼ固まって来たことに我ながら驚く。

ひと月半遅れでやっとスタートしたその遅れを、取り戻しながら上半期の終了時期は変更なし。それ相応の「成果」も出せとは、誰が考えても無理に決まっているのだが、「やりません、出来ません」とはもちろん言えないし、言っても仕方がない。やるだけやって、出た結果がすべて。案外「やる気」になっている自分にちょっと驚く。

二度と来ない(当たり前だが)、58歳の夏。面白くなりそうだ。

海恋し

与謝野晶子の一首

海恋し 潮の遠鳴り 数えては
乙女となりし 父母の家

好きな歌の一つ。こんな歌が詠めたら良いなぁと思って、あれこれ真似してみる。自分に置き換えてみたり、全く違う境遇の人物を設定して、山奥の村で育った少年になってみたり…。

海遥か あぜ道に立ち 空眺む
少年の日よ 父母の里

案外あっけなく終了してしまった、「在宅勤務」の日々。拡大解釈も甚だしかったと我ながら思うが、仕事の一環として短歌を詠んだり、英語を勉強したり、本を読んだり。在職中にこんな時間を持つことができるとは、夢にも思わなかった。近い将来、どんな風に毎日過ごして行くのか、シミュレーションしたともいえる。

文字通り、朝飯前に走ってそれから上に書いたようなことをしていたら、それで充足していた。
退職して、それが現実になったらシミュレーションとは違うのだろうが、良い経験になった。
「宣言」が解除され、昨年までとは全く違う6・7月を迎えることになるのは、全人類に共通していると思えば、案外楽しみでもある。

充足していたと書いておきながら、思い直して補足というか、蛇足。2ヶ月以上外で(店で)飲んでいない。オンライン飲みは経験して、良さも実感した。あとは、気の合う友人や同僚たちと飲んだら良い、まだ見ぬどなたかと「リアル」となればまさに「新しい生活様式」だ。

メルカリでの売買

前の記事で触れた、赤い水着は何人かの奇特な購入希望者がいて下さり、無事に売却できた。その代わりというわけではないが、ランニングにも使えるようなスパッツ(レギンス?)を購入した。

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通販と同じか、かえって早いくらいの到着。メルカリの特徴だが、お互いに住所も名前も伏せた状態で品物と代金のやりとりが完結するシステムは、良く出来ている。同僚の勧めでやり始めたが、私がどんな品物を売買しているか、もし彼が知ったらどうなるのだろう?想像がつくような、つかないような…。

また一つ、「秘密」を持ってしまった。
昔読んだある小説にこんな場面があったのを思い出した。手紙の中身を問われた主人公が義母に向かって、「秘密を持つのが、大人になるということです」という趣旨の発言をして、答えることを拒む。その発言を機に、義母の主人公に対する嫌がらせがエスカレートし、ついに自殺未遂に追い込まれて行くというストーリー。ごく一部のこの場面だけを紹介すると、とんでもないメロドラマだが、全体としてはスケールの大きな、人間について考えさせられる、良い小説だと思う。

なぜ、メルカリの話が小説の紹介になるのか。相変わらずの私のブログにお付き合い下さる皆さん、ありがとうございます。

4月の総括(301)

暦通りの休日も、あと一日。GW を皆さんいかがお過ごしでしょうか。

思えば、昨年は史上(?)初の10連休で、世間が騒がしかった。その時、一年後にこんなことになっていると、誰が予想しただろうか。オリンピックまであと一年、インバウンド客を当て込んで、さまざまな皮算用が行われていた…。

今回学んだことはいくつかあるが、その最たるものは「やりたいと思ったら、とりあえず始めてみる」という、実に単純なそれでいて結構奥深いこと。
明日のことは、誰にも分からない。不安がないと言えばうそになるが、やってみなければ何も分からないという「事実」が、不安を上回るのではないか。

自宅でできるトレーニング、短歌、英語の学習…。時間を持て余すことはなくて済みそうだ。

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結構使った「お気に入り」の水着。メルカリに出品してみた。夏までに、コロナ騒動が終息・収束して新しい水着で泳ぎに行くことをイメージしている。

走る時間がしっかり確保できた4月の走行距離は、300キロに達した。けがの不安や痛みがないのは、本当に嬉しいことである。

「カムフラージュ」

前代未聞のGW 。
暦通りに休日と在宅勤務、たまに出勤というスタイルで、二週間ほど経過して本日に至る…。楽しみにしていた、旅行を兼ねたマラソン大会が中止になったので、本当に何もないGW になりそうだ。

朝から、暑くなりそうな空模様。とりあえず家事を少しやっているが、BGM はこのところなぜか竹内まりや

タイトルにした「カムフラージュ」をたまたまYouTubeで聴いて、気に入っている。
ご存じの方も多いと思うが、幼なじみ(?)と途中いろいろあって、最後に「真実の愛」に気づくという、こう書いてしまうと実にありきたりなテーマなのだが、彼女の声や歌い方と良く合っている。
歌詞も、身近なことを大きなものに飛躍させて行く感じで、
「もしも世界が明日終わり迎えても あなたがいれば怖くない」
「昨日までの涙と偽りを捨てて 新しい私になる」
と、彼女の歌の世界が展開される。歌の中の人物に自分(たち)を重ねて、励まされたり、よくぞ歌ってくれましたと感じたりということで、ヒットしたのだろう。

この歌の世界と、今の私はどう結びつくのだろう。周囲に対して「偽り」は当然あるし、文字通り「墓場まで持って」行かなければならない。それが礼儀というものだ。
一方で「本当のこと」を、誰かに言ってしまいたくなる時があって、このところその頻度が高くなっている実感がある。こうやって、ブログに書くことで抑えているのだろう。

「本当のことを打ち明けたくなる」と
歌詞に誘われ 便箋を買う

ブログの他にもう一つ、始めたのが短歌。これが今詠んだ歌。

3月の総括(201)

新年度も10日以上経過。例年通りではない毎日が、瞬く間に…という感じ。

まずは恒例の前月の総括。コロナ感染が深刻化して、公私ともに予定を変更する必要に迫られた。それでも、月の半ばくらいまでは「対岸の火事」というか、現実味がなかったのが正直なところ。仕事で影響が大きくなって来たのは、20日過ぎた頃からだった。

三月は、お世話になっている仕事の先輩方を、定年退職という形で送り出す時期でもある。ここ10年ほど、ほぼ毎年幹事として15名程度の会をやっているが、延期せざるを得なかった。五月か遅くとも六月には実施できるだろうと思っていたが、雲行きが怪しくなって来た。

道楽のマラソンも、GW の大会が中止になってしまった。昨年の途中棄権から丸一年、「復活」を目指していただけに、残念だが仕方ない。夏の北海道も五輪のために中止が確定(しかも来年も)しているので、次の大会が全く決められない。どなたか、秋から冬のフルマラソンでオススメがあればご教示下さい。

そんな状況にもかかわらず、月の走行距離は実に久しぶりに、201キロ。200キロ超えたのは、2018年の12月以来だと日記を読み返して判明した。早く次の大会を決めたい。